早稲田大学 劇団てあとろ50’ 紹介

てあとろ50’とは

1974年(昭和49年)創設


早稲田大学 今年で創立39周年を迎える早稲田大学の学生劇団です。

 てあとろ50’は1974年(昭和49年11月1日創立)、演劇研究会及びうかこうへい事務所に所属していた手塚宏二(現在こりっち(株)、CoRich舞台芸術!担当、演劇コラムニスト)を中心として結成された早稲田大学公認演劇サークルです。

 早稲田に数多くある学生劇団の中でも、長い歴史と素晴らしい伝統を持つ劇団です。

LinkIcon劇団てあろと50’ホームページ

名前の由来


 「てあとろ」とはスペイン語で「演劇」を意味し、「50'(ヒフティ)」は旗揚げ公演を昭和50年に行ったことから由来しています。また50年後にも通用するホンモノの演劇を創りたいという想いも、名前に込められています。

LinkIcon詳細な名前の由来

劇団の歴史


関口研全国縦断公演『プリーズ・ラブ・ミー・ドゥ』 1970年代、早稲田大学にはまだまだ学生運動の傷跡が残っていました。学内にある数多くの劇団はほとんどが、アングラ・反体制演劇をしていました。

 早稲田大学においてどこよりも早くアングラ政治劇と決別をしたのがてあとろ50’です。演劇自体の持つ本来のドラマツルギーと、いい意味でのエンターテイメントを追求し、質の高い演劇を提供し続けました。また、地方巡業公演を行い、日本中に早稲田演劇のレベルの高さを知らしめました。

いまだに活躍するOB劇団『ラッパ屋』『キャラメルボックス』


 1974年に設立されたてあとろ50’は1984年に鈴木聡の率いる『ラッパ屋』、1985年に成井豊の率いる『キャラメルボックス』など実力と人気を兼ね備えるプロ劇団を輩出し続けました。学生劇団が母体になって、そのままプロになった劇団が30年近くたった現在もまだきちんと存続しているというのがてあとろ50’の大きな特徴です。

 東大劇研からスタートした野田秀樹の『夢の遊眠社』は15年で幕を閉じました。早稲田の劇研から生まれた鴻上尚史の『第三舞台』17年で休眠状態になり、2011年解散しました。『ラッパ屋』が28年、『キャラメルボックス』が27年目を迎え、なおかつ現在も人気劇団として活躍しているのは奇跡的なことなのです。

 その奇跡的劇団がふたつともてあとろ50’OBであることは、OB会にとっても大きな誇りであり財産です。てあとろ50’OB会が日本一の学生劇団OB会と自負しているのはここからです。